考 現 学

〜目的なくただ気づいたことを書き続けるという営み〜 「誰もが簡単に書くことができる時代」だからこそ「書くことが開く可能性」を

お金を消費して安心を買う。

物事を正しく見ることができれば、
消費はきっと減る。

その消費は果たして本当に消費する必要があるのだろうか。

広告やメディアは不安を煽る。
かけている部分をついてくる。

だから不安になる。そして安心したいと思う。
だからお金を使って、安心を買う。

だからお金が必要になる。

その不安をもっともっとじっくりと見つめてみる。
どうして自分は不安を感じるのだろうか。
何がどのように不安なのだろうか。
今すぐに、消費して、お金で安心を買う必要があるのだろうか。

不安の中にいることができないから、
解決を急ぐ。すぐに答えを求めにいく。

だけれど、その不安な状況をまずは受け入れて、
じっとその不安な自分を観察してみよう。
自分一人でできないなら、誰かに話を聞いてもらおう。

そして本当に自分がどうしたいのか、
自分が何を大切にして、何を守りたいのか感じてみよう。

そうやって不安の中に立ち止まることができたら、
多くの広告やメディアの仕掛けにだんだんと気づいてくるだろう。

そして自分の消費の仕方も変わるだろう。

そして消費の仕方が変われば、自分にとって必要なお金も変わってくるだろう。

そして自分の日常がだんだんと変わってくるだろう。

そして自分の周りにいる人も、だんだんと変わってくるだろう。

そして自分が満たされている感覚も変わっていくだろう。

そうやって、自分の豊かさに近づいていけるだろう。

ゲド戦記 影との戦い 読書会

・自分自身の本当の姿を知るものは、自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。

・聞こうというなら黙っていなくてはならない

・力を持ち、知識が豊かに広がっていけばいくほど、その人間の辿るべき道は狭くなる、やがては何ひとつ選べるものはなくなって、ただ、しなければならないことをするようになるもなのだ。

ゲド戦記 影との戦い

書くことからはじまることがある

自分の書いた文章でも、
自分で納得できない文章や言葉がある。

この納得できない箇所が重要だ。

「書く」ことで、自分がまだわかっていないことに気づく。
自分がまだ表現しきれていないことに気づく。

「書く」ことは、終わってはいけない。
書いた中で違和感や、葛藤からまたはじめていく。

だから書くことで終わるのではなくて、
はじまるなのだ。

自分の現状を把握できれば

自分の現状を把握できていれば、
自然と今の自分にもやれることがあった。

自分の「今」は、自分の現状把握の範囲内にある。
自分の現状把握の範囲が広がっていけば、
自分の「今」に広がりが生まれてくるだろう。
 
自分のスキルを上げたり、
何か学ぼうとする前に、
自分の「今」この現状をきちんと把握することが先だった。

今の自分の現状を見つめてみたら、
自然と今の自分でもできることがあった。
 
そして、そこから、自分が学びたいことがうまれてきた。
自分ができるようになりたいと思えることが生まれてきた。
 

足し算ができないという現状を把握せず、
掛け算や割り算を勉強しても一向にできるようにならない。
 
これと同じ問題が、
僕の身に起きていることがあるように思った。


木下先生がケンジ流に描いてくださいました

木下先生と近所の大学生とはじめた読書会
第3回にわたって「宮沢賢治」を取り上げました。最終回は個人が学んだことを発表しました。

そのまとめを、木下先生がケンジ流に描いてくださいました。

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タローのハナシ

 タローは「農民芸術概論」から印象に残る言葉を紹介した。

「われらの前途は輝きながら嶮峻(けんしゅん)である」

ケンシュン???「山が高くてけわしいこと(さま)、場所」と辞書にある。

 タローは「耕さない」「持ち込まない」「草や虫を敵としない」という自然農の三原則を、自ら行なっている畑の写真などとともに見せてくれた。

 「エ! これがハタケ!!」と 荒れた土地みたいな風景に多くの人が驚くようなやりかた。たぶん周りから変な目でみられたりするにチガイナイ。

「自然農の畑では、どれだけ自然に応じられるか?ということが問われます。」とタローはしめくくる。草や虫もナカマとして考えるのは宮沢賢治のセカイ。

 でもいろいろ失敗も多いだろうし、収穫も多くないだろう。

 「まさにそれ、嶮峻(けんしゅん)。と同時に、その過程の一瞬一瞬がとても心満たされる時間だと感じます。」とタローはいう。あ、そうか、農業やりながら、草や虫と会話する、まさに宮沢賢治のセカイそのものだ。タローの「前途は輝きながら」をイサミは信じたくなった。

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コミュニケーションの一番の基本的な問題について

話すことがどれだけ上手でも

「伝えたい想い」がなければ、
豊かなコミュニケーションは生まれなかった。

大切なのは、うまく話す前に、
自分が伝えたい想いに出会うことだった。
自分が伝えたい言葉に出会うことだった。

「伝えたい」という想いは
自分しか生み出すことができないんだ。

(2016/7/11 コミュニケーションの一番の基本的な問題について の一部編集しました。)



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普通、コミュニケーションというのは、相手に向かって、いかに自分の気持ちや考えを伝えるのかということが問題だと考えられている。しかし、言葉にして伝える前に、自分の心の中が整理されていないと、つまり自分の世界がくっきりと見えていないと、その思いや考えが言葉になって体の外に出ていくことができない。 すると、コミュニケーションの一番の基本的な問題は、いかにして自分自身で自分のことを知ることができるか、いかにして自分の中を整理できるかの手立ての問題だと思う。 (引用:とても普通の人たち p62)

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